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長崎 島ブログ

秋の郷土芸能を大・大・大満喫!

秋、真っ盛り。長崎のお祭りも真っ盛り。秋は、長崎各地で浮立やみこしなどの郷土芸能がさかんですな~。今回のお祭りは、そんな郷土芸能を見るにはもってこい! 長崎市で行われた長崎郷土芸能大会を激写しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎市民会館で演舞が行われる前に、近くの浜町アーケード辺りで、出演団体によるパレードが行われました。以前、このコーナーでも紹介した若宮稲荷神社竹ン芸。アラ~、可愛いお子さん❤

 

 

 

 

 

 

 

祭り囃子に浮かれた白狐(びゃっこ)が竹やぶで遊び戯れる姿を表現しているそうです。ん? おもむろに竹をセッティング。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャー。さっきの子どもが、あっという間にのぼっちゃった。普通なら「おイタしちゃダメーッ」っていわれるでしょうが、伝統芸ですからね。高所恐怖症の私は、ヘンな汗をかきました。

 

 

 

 

 

 

 

お次は式見女角力です。明治38年頃、女相撲が旧式見村に巡業したとき、女力士に踊りを教えてもらったのが始まりといわれています。その女角力を盛り上げるべく、この太鼓部隊が先に登場。飛びながら打つといった有酸素運動を繰り返しながら舞う……カッコイイ。

 

 

 

 

 

 

 

アーケードの真ん中を土俵に見立てて、角力取り踊りがスタート。アーケードでは、時間の都合上、省略されていましたが、本番の市民会館では、土俵入りや弓取りなど、おなじみの所作が丁寧に描かれていました。

 

 

 

 

 

 

 

崎上浮立です。長崎市三重の崎上(さきあげ)地区に伝わる踊り。雨乞い、五穀豊穣を祈願しています。踊りの衣装が、白装束に赤ダスキなので白狐(びゃっこ)浮立と呼ばれているとか。ここにもお狐さまが。一糸乱れぬ動きと、銀色サラサラヘアも気になりました。

 

 

 

 

 

 

 

平山の大名行列です。1866年(慶応2)、下級武士・山崎武右衛門らが、深堀城下に出入りしていたときに、大名行列に関する巻物を手に入れ、指南役を仰せつかったことがきっかけ。以前から伝えられていた浮立の囃子に振付けて、地元の天満宮に奉納したとか。先頭を行くのは、お殿さまかしら。

 

 

 

 

 

 

 

かけ声とともにこぶしを前に出しながら歩く振付けが勇ましい。思わず真似したくなりました。豪華な行列用具が印象的です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎市の大会でしたが、今年、特別に大村市から黒丸踊も参加。なんと戦国時代から伝わる踊りだそうです。領主・大村純伊の領地奪還の祝いの際に踊られました。早くから、県指定無形民俗文化財として指定されていましたが、昨年、大村の郡三踊(寿古踊・沖田踊・黒丸踊)のひとつとして、国指定重要無形民俗文化財になったばかり。大花輪の下に入ると幸せになるといわれています。直径5メートル、重さ60キロにもなる大花輪を、太鼓を打ち鳴らしつつ、ゆっくりと回します。幸せ、カモ~ン。

 

 

 

 

 

 

 

最後は滑石竜踊(じゃおどり)。長崎本籠町の龍踊を伝承している竜踊で、1877年(明治10)に、滑石太神宮に奉納したのが始まり。竜踊は全国的にも有名ですよね。疾風のごとく、玉追いをする竜の姿に、アンコールの意味を持つ「もってこーい」の声がかかりっぱなしでした。

 

 

 

 

 

 

 

私の「勝手にベストパフォーマンス賞」は、平山の大名行列です! 歩きながらフォーメーションを変えていく様は、まるでスローテンポなマスゲームのようでした。よく間違えないなぁ。江戸時代の参勤交代を今に伝えます。

 

 

 

 

 

 

 

そして、もうひとつも平山の大名行列から。アクロバテックな太鼓です。側転して太鼓を打つ振付けもあり、かなりハードな動きでした。気がつけば大太鼓の上に人が……!! 某有名雑技団を思い出しました。長崎郷土芸能大会は、今年でめでたく40回めを迎えたとか。入場料も無料だから、来年、ぜひ足を運んでみてください!

 

平成27年10月4日(日)

第40回記念大会 長崎郷土芸能大会

長崎市民会館体育館

※パレードは浜町アーケード界隈

軍艦島物語⑨ 〜島の暮らし 潮害〜


2015©P3Labo

 前回の水問題も島の暮らしの中では重要なテーマでしたが、周囲を海に囲まれた島の宿命とも言える「高波」との戦いも、のどかさと過酷さが背中合わせになっており、軍艦島でも長い間繰り広げられたバトルでした。

 長崎の沖合いに浮かぶ南北約480m、東西約160mの小さな島、軍艦島は、少し大きめの台風や高潮の度に島内は水浸し。子どもたちの通学路はおろか、アパートにも海水が入り込み、階段や坂道は水に濡れて危険極まりない状態でした。

 そのために島内では危険防止策として綱を渡し、それを掴んで上がったり下りたり…。しかし、いつまでもこの状態ではいずれ事故が起きかねないと改修を繰り返した結果、軍艦島のアパートには様々な工夫が施されました。

 完成した年代により機能はそれぞれ違いますが、海に面して並ぶ建物は海側の窓を小さくし、廊下には潮を防ぐ鉄製のシャッターが設置されるなど、生活空間であると同時に防波堤に近い役割を持ちました。当時、最先端の技術を持って建てられた軍艦島の高層ビル群は、炭坑に働く人々の生活の場を確保すると同時に、台風や潮害に対する耐久性、また防火面での安全性を確保する役割も担っていました。

 もっとも、島に住む人たちは少々の高波には慣れたもので、「今日のはすごかね〜」「いや、前のとがもっと高い波の来たばい」と、白い波しぶきを見物していたようです。

 苦肉の策だった潮害対策の建物群ですが、最近ではクイズの問題になるなどしています。相変わらず根強い人気を誇る軍艦島ですが、実に様々な切り口があるものですね。

武道の神が三神も! 勝負運UPに期待大

芸術の秋、スポーツの秋、そして学問の秋。今回のご利益は、長崎市にある中川八幡神社をご紹介。武道の神が、三神もご鎮座しているパワースポットです!

 

 

 

 

 

 

 

国道34号線沿いにある鳥居。1881年(明治14)に国道ができたとき、1922年(大正11)、石段と鳥居一基を新設したそうです。新しいとはいえ、できてから100年近くが経つんですね。

 

 

 

 

 

 

 

祭神は、誉田別命(ホンダワケノミコト)・息長足姫命(オキナガタラシヒメノミコト)・武内宿禰命(タケノウチスクネノミコト)の三神。武運の文字が眩しい。

 

 

 

 

 

 

 

中川八幡神社は、1646年(正保3)、聖福寺の寺域に祀られたのが始まりで、その後、現在地へ来たそうです。例祭には相撲が奉納されており、今でも毎年9月15日に子ども相撲として開催されています。ちなみに、境内からの月が美しいとのこと。彦山と一緒に見られるそうですよ。

 

 

 

 

 

 

 

何にチャレンジするか、具体的な目的がないまま、とりあえずおみくじを引いてみることにしました。勝負運はあるのか、ないのか。

 

 

 

 

 

 

 

ヤラセでも何でもなく、大吉を引いちゃった❤ 商売は儲け多し 急げ、か。稼ぎたい気持ちはいっぱいありますが、急ごうにも資金すらないといった根本的問題に直面しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境内には記念碑がありました。よく見てみると、ここにも……。

 

 

 

 

 

 

 

「長崎市最古」と刻まれてありました。名実ともに古くからある中川八幡神社。町の人々から愛されている証拠ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正一位稲荷神社も神社近くにありました。1810年(文化7)に、商売繁昌の神として祀られた稲荷大明神で、昭和の改築時には、現神である白蛇と青蛇が生息していたらしいです。と、いうことは――今でもおられる可能性大。神々しい存在とはいえ、ヘビ嫌いの私は、お参りするのに、しばし躊躇……。しかし、せっかくなので、参拝することに。願い事もお願いしたかどうか曖昧なまま、驚くべきハイスピードで終了してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の動きが相当怪しかったのか、社務所の方が来て、こちらの神社のことをいろいろと説明してくれました。社務所の方曰く、境内にあるこのくすの木は、樹齢200年以上は経つといいます。なんでも神社がこちらに移ったときに植えられたらしい。神社が移転したのは、1748年(寛延元)なので、このくすの木は、昔の偉人たちを目撃しているはず!

 

 

 

 

 

 

 

社務所の方に、絵馬までいただきました。来年の干支・申の絵馬です。今度訪れる時まで、目標ぐらい決めておけってことかも!? 宿題ですな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神社を後にして、振り返ってみると、さきほどのくすの木が見えました。がんばっているみんなを、静かに見守ってくれているような温かいイメージ。心の中で思わず私も「がんばります」とつぶやいたのでした。

 

中川八幡神社

ご利益 武運(勝負運)、学問成就、家内安全など

アクセス 蛍茶屋電停より徒歩約3分

 

名月とともに楽しむ中華グルメ

みなさま、お元気ですか? 天高く馬肥ゆる秋がやってきましたね。今回のグルメは、長崎市の新地中華街で行われた中秋節(ちゅうしゅうせつ)というイベントにお邪魔しつつ、中華グルメを堪能してきました~。

 

 

 

 

 

 

 

中秋節とは、中国の三大節句のひとつで、日本でいう「お月見」のこと。中国でも、中秋の名月を家族と祝う風習があるそう。中国との縁が深い長崎でも、新地中華街を盛り上げるイベントとして毎年、行われています。期間中は、1000個の満月灯籠がみなさまをお出迎えしてくれます!

 

 

 

 

 

 

 

新地中華街には、東西南北それぞれに門があります。各門には、このように祭壇が設けられ、お供えものがありました。長崎ランタンフェスティバルでも、似た内容の祭壇を見かけますよね~。海の幸、山の幸、そして豚の頭。下校途中の男子高校生らが、豚の頭がコワいとビビっていた姿をみて、オバさん(私)の胸がキュンとなりました。初いやつじゃ。

 

 

 

 

 

 

 

新地中華街内で使えるお月見セット券(グルメ&グッズ)を購入。当日券で1,100円でした。チケット裏には、お月見セットをゲットできるお店の地図もあるので、わかりやすかった。私が目指したのは、もちろんグルメの方。長崎人なら、一度は訪れたことがあると思われる有名店に入ってみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長崎名物グルメといえば、ちゃんぽん・皿うどんでしょうが、ここはあえて別メニューを注文。じゃじゃ~ん、点心セット。小籠包や春巻など、おなじみのメニューが揃う中、一番手前に陣取っているのは、「ハトシ」といわれるものです。ハトシとは、長崎の卓袱料理の一品で、海老のすり身をパンに挟んで揚げたもの。最近では、このすり身部分が、かまぼこのすり身だったり、形もパンをくるりと巻いたパターンだったりと様々です。

 

 

 

 

 

 

 

セットをいただいた後に、祭壇巡りしながらスタンプラリーもできちゃうとのことなので、腹ごしらえも兼ねて巡ることにしました。全部巡ると、お菓子がもらえる(←コレが目的)という特典付き。ちなみに、新地中華街は、さほど広くないので、機会があったらぜひトライしてみてください!

 

 

 

 

 

 

 

そのもらえるお菓子とは、月餅(げっぺい)です。プレゼントの月餅は、こしあんがギッシリ。私は、帰宅後、濃い珈琲とともにいただきました。黒あんのほか、くるみや松の実などが入ったバージョンもありますよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私が勝手に名づけた三大中華菓子があります。それは、さきほど紹介した月餅と、麻花兒(マファール)&金銭餅。こちらの麻花兒は、最新型(?)のチビッコタイプ。新地中華街にはありませんが、ちよりという名前で販売されています。ちょい硬めのカリッと感がやめられない、とまらない。麻花兒という正式名称よりも、この姿形から名づけられた「よりより」の方が、長崎人にはピンときます。

 

 

 

 

 

 

 

ラストは金銭餅(キンセンピン)。中国古来のお金に見立てたお菓子で、お金持ちになれるようにとの願いが込められています。ゴマの香ばしさが後を引く美味しさ。この三大中華菓子は、長崎のお土産品店や有名スーパーでも、よく見かけるド定番。県外の方への、ちょっとしたお茶うけにいかがですか。話もはずみそうです。

クラブの春季大会で五島福江島に行ってきました。

1日目の2015年6月20日(土)は、椛島方面へと展開し、オゴ瀬の地に上礁した。この日、私は人生初めてのイシダイ釣り。仕掛けを用意して、エサは、ガンガゼとサザエを用意した。

釣り始めてしばらくすると、竿先にガツンガツンとイシダイがエサをつついているとき特有のアタリがあり、竿が舞い込んだ瞬間に合わせを入れるが、初めてのため上手く合わせることができずに針ハズレでバラしてしまった。結局、その後は、当たりを捉えることができず、納竿となってしまった。

2日目の6月21日は、福江港を午前5時に出港し、福江島西岸沖の鴨島・ホゲ島を目指し、私はホゲ島に上礁した。

マキエと仕掛け(道糸:サンラインのブラックストリームマークXの1.75号、ハリス:ブラックストリームの1.75号、ウキ:ガルツのg-beatのG2、GPS(Sサイズ)のG6を使用した半誘導仕掛け)を用意した。  

早速釣り始めるが潮も緩く、ポツポツと当たってくるのは、30~35cmの口太グレだった。しばらくすると、少し潮の流れが速くなってきたので、ガン玉のG7をハリ上50cmのところに1つ取り付けた。すると40cmオーバーの良型イサキが当たってきた。


40cmオーバーのイサキ

続けて同型のイサキや37~8の口太グレが当たってきた。その後は、11時頃から下げ潮に変わったが、相変わらずポツポツと30~35cmの口太グレ、35~37cmイサキが当たってくる。

正午を過ぎた頃から流れが反対方向へと変わり、それと同時に納竿までは、イサキの幼魚であるウリ坊が入れ食い状態になった。釣ってはリリースを繰り返し、状況が変わりそうにないので早めに納竿した。


2日目、6月21日の釣果

お世話になった瀬渡し「せいわ」

6月21日に上礁したホゲ島

長崎編特別寄稿 奥野賢志

<渡船の問い合わせ先>
渡船:せいわ(荒木船長)TEL:090-4773-7938
料金:要問合せ(エリアによって異なる)

秋が似合う石垣通りの城下町

  • 投稿者: @nagasakibito
  • 2015年9月30日 12:00 AM
  • 島の細道

シルバーウィークも過ぎ、レジャーに散財したという方も多いかと思われます。今回は、そんなお金がなくても楽しめる細道をご紹介します。ぐるっと歩けばダイエット効果も!? 大村市の武家屋敷通りをご案内。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玖島城跡がある大村公園から交番横の道が、本小路(ほんこうじ)と呼ばれるところ。ここからスタートします。玖島城は、1599(慶長4)年に初代藩主・大村喜前(よしあき)が築いた城。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっそく石碑が。本小路は玖島城の大手入口から約686メートルの通り。大村藩会所や上級家臣の屋敷が並んでいたそうです。別名・セレブストリート……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本小路には石井筆子像がありました。女性教育向上の先がけとして、長崎でも有名ですよね。また、知的障がい者への福祉や教育を推進した人物でもあります。鋭い眼差しが、信念の高さを物語っています。

 

 

 

 

 

 

 

こちらは五教館御成門(ごこうかんおなりもん)。五教館は、四代藩主・純忠がつくった集義館が前身の藩校です。藩士だけでなく、農民や町民も入学できたそう。それって、大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台となった松下村塾よりずっと前のお話。ちょっと自慢したくなりました。五教館の卒業生たちは、松下村塾と同じく、幕末・明治維新にかけて活躍した偉人たちを多く輩出しています。藩主が使用した御成門は、現在、大村小学校の入学式や卒業式のときだけ、生徒がくぐるそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さすが自転車の街、大村。自転車専用道路が多い。城下町の石垣を自転車で通り抜けるってなんだか絵になりますね。

 

 

 

 

 

 

 

五教館からJR大村線方向へ歩くこと数分で、この坂に到着。大村牢があったことから牢屋の坂といわれています。大村牢は1648(慶安元)年、三代藩主・純信の時に、長崎奉行からの要請で作られたそう。郡崩れの時のキリシタンや、幕末の大村騒動の囚人などが捕らえられていたそうです。

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、字面が玖島城に見えましたが、久原城跡でした。久原城は、大村氏が最初に入った城です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さきほども書きましたが、JR大村線があり、旅情を誘います。レールを見ると、反射的に私の脳裏にはあの名曲「スタンド・バイ・ミー」が流れます。そして同タイトルの映画のワンシーンも。甘酸っぱい青春の思い出。

 

 

 

 

 

 

 

藩主に仕えた小姓が住んでいたので、この名前がついたとか。小姓をカタカナ表記にするとコショウ。あのスパイシーな香辛料を思い出した。今では、大村の武家屋敷街で最も多くの石垣が残ります。

 

 

 

 

 

 

 

あ、列車の下をくぐれる❤ 市街地に列車のある風景も大村ならではかも。

 

 

 

 

 

 

 

どこを歩いても美しい石垣が残っていて、個人的に終始大興奮。今度は、北の方向を目指すことにしました。すると、またまた素敵な通りが。上小路(うわこうじ)といいます。初めは、この辺りの地名の「尾上」が付いた尾上小路だったのが、省略されて上小路に。

 

 

 

 

 

 

 

今度は、上小路をUターンして市役所方面へ進みました。細道に何やら「大村一番地」と刻まれた石碑が。今でもココは一番地なんですかね。ここの石垣もまた立派だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石垣ならぬ生垣。これもきちんと剪定されていてキレイ。それにしても大村市民のメンテナンス力はすごいな。今でも殿への忠義心が残っているような。カッコイイ。

 

 

 

 

 

 

 

塀とか石垣に注目して歩いていたら、なんだか市役所の緑のカーテンまで気になってきた。それにしても、このアサガオ(だよね)、こんな伸びる!? にょきにょきっと2階まで、すっぽり! エコで電力削減de支出カット。この賢さ、なんとなく五教館スピリッツを感じました。飛躍しすぎ? いや、きっと殿もお喜びのはず!

大村市本小路~小姓小路~上小路~市役所

徒歩で約1時間

軍艦島物語⑧ 〜島の暮らし①水事情〜 後半

 ある時、「原油を海底に敷いた管で目的地まで送る」というアメリカのニュース映像を偶然観た関係者が、同じ方法で水を運べないだろうかと思いつきました。しかし、当時の日本では先例がなく、島の海底には工事を阻むであろう岩礁の存在もありました。また、波も荒い上に海域の深さは40M以上もあったのです。このような事情から、難問山積となっていた水問題でしたが、当時、豊富な出炭量を誇っていた2つの島のためにと、長崎県が中心になって専門家を交えた調査が行われました。

 その結果、軍艦島の対岸にある為石・土井首・川原の3カ所を水源として昭和31(1956)年に工事が始まり、昭和32(1957)年、ついに完成。 こうして高島と端島は、どこの家庭でも自由に水を使えるようになったのです。

 

 

 

三和町為石浄水場

 

 ところで、この時の海底水道の成功は、思いがけないおまけ付きでした。 難問とされていた場所での海底水道の実現により、他の地域でも工事の施工が続きました。そして高島と端島の工事を行った企業は、日本のみに留まらず、海外にも進出し、大きな成果をあげることができたのです。

どこからともなく現れる達人たちに学べ!

秋の行楽シーズンがやって来た! 何をしようかとご思案中のアナタ、釣りに挑戦してみませんか? 今回の釣りスポットは、先月に引き続き、大村湾に面した喜々津シーサイドに行ってきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初心者でも釣りやすそうな足場。大村湾は内海で波が穏やかだからか、あのゴッツいテトラポットが行く手を阻むといった雰囲気は薄い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

釣り人がいたので、お話を伺っていると、20分もたたないうちにヒット! 竿がしなる、力が入る!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん? もうひとりオジさんが網で魚をたぐり寄せてくれました。オジさんも釣りが好きで、よくココで釣っているそう。今日は「釣っている人がいるかな」と思い、ちょっと立ち寄ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

右のオジさんがもともと(?)の釣り人、左のオジさんが手伝ってくれた人。お互い、こちらで顔見知りになったそう。それにしても、お二人のチームワークが素晴らしかった。まさに阿吽の呼吸で。まるで何もいわなくてもお茶が出てくるような、長年連れ添った夫婦のよう!?

 

 

 

 

 

 

 

ホントに今さら私、気づきましたが、釣りにタオル、必要ですね。魚って手で捕まえるとすべるし、トゲがあったりして。なかなか針をとる時って難しい。汚れていいタオル、必須。

 

 

 

 

 

 

 

メイタ、ゲット! これでもなかなか大きいと思いますが、オジさんはその上のチヌを狙っているそう。

 

 

 

 

 

 

 

ギャー、フナムシだ。女子みたく驚いてみましたが、実は私、虫はわりと平気。オジさんいわく、昔はこのフナムシを魚のエサにしていたそう。一度、中へ入ったら出られない特殊な壺に集めていたんだって。虫が嫌いな方は、想像したくない情報でしたね……。

 

 

 

 

 

 

 

網で手伝ってくれたオジさん以外にも、またひとり、またひとりとオジさんたちが寄ってきて、貴重な釣り情報をピンポイントで教えてくれた。すごいな~、達人たちは。そして、静かに去っていく――。

 

 

 

 

 

 

 

今度はボラが釣れました。立ち寄ったオジさんらの情報を頼りに釣っていた釣り人は、ほぼ入れ食い状態になっちゃった! 満潮になりかけの、いいタイミングでもあったみたいですけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機の腹(?)も見られる喜々津シーサイド。次々にどこからともなく現れる達人たちのいうとおりに釣っていれば、楽勝か!? あ、運が良ければスナメリも見られるそうです❤

 

諫早市喜々津シーサイド

JR喜々津駅から車で約3分

 

軍艦島物語⑦ 〜島の暮らし①水事情〜 前半

 世界遺産に認定された産業遺産群の中でも、注目度No.1の軍艦島。テレビ、ネット等で、「軍艦島」の文字を見ない日は、ほとんどありません。  しかし当時の島人たちの暮らしぶりについては、あまり知られていないのが現状です。つい先日も、あるテレビ番組で「軍艦島は本土から水を直接持って来ていた」と、とても簡単に説明していました。

 しかし、軍艦島において水の調達が楽に行えるようになったのが昭和32(1957)年になってから。それまでは、隣の高島の住民共々、生活用水では非常に苦労していました。

 高島と軍艦島(端島)には昔から川も池もなく、湧き水もありません。そのため、2つの島の住人の飲料水などの生活用水は対岸から船で定期的に運んでいました。しかし、悪天候の為に船が出ない日もありますから、5日分は貯水できるよう、両島にはタンクも備えてありました。いずいれにしても、水はそこに行かなければ手に入りませんから、島の主婦たちは毎朝、肩に天秤棒を乗せ、棒の両端には水を入れた気桶を下げて、水を運びました。

 明治19(1886)年になると、海水から蒸留水を作ることができるようにはなりましたが、全島民の喉を潤すには足りず、水汲みは相変わらず主婦の重要な仕事となっていました。

 節水は日常的なことであり、共同浴場では浴槽は潮湯、風呂から出る時のかけ湯だけが真水でした。このように、先進の島と呼ばれ、各時代の最先端の技術で構築された軍艦島も、水の問題だけは解消できずにいました。

 ところが、「生活用水の確保」という難問を一気に解決する、画期的な出来事が起こります。

連休にピッタリ! 祭りとイベント、ダブルの楽しみ

今年は、暑い夏が怒涛のごとく去っていった――印象深い夏が過ぎ、秋風がそよぐ穏やかな日々が続いているかと思ったら、いつの間にかシルバーウィークも近づいていた。今回は、連休に行ってみたいお祭りをセレクトしてみましたよ~。

ご紹介したいのは、こちらの神浦散歩未知です。って以前、このブログでも紹介したことがありますが、しばし、ご観覧を……。開催されて、14回めとなるイベントで、神浦商店街や大中尾棚田など、魅力あふれる町中をスタンプラリーと合わせて楽しめます。まずは、このMAPを手に入れてください。

 

 

 

 

 

 

 

イベント前に訪れてみました。すでに、イメージカラーであろう黄色の案内看板が通りに設置されていました。私のように人混みはちょっと苦手という方は、いっそのこと、イベント前にフライングしてみるのも手。イベントは当然ナシですが。

 

 

 

 

 

 

 

神浦商店街に面したところにある神浦神社。実はもうひとつ、お祭りがあるんです。それが、こちら。

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒーヒラロです。この面白ネーミングの由来は、笛の音色からついたもの。外海町の郷土芸能のひとつで、神浦神社大祭ともいわれています。行列と浮立が組み合わさったもので、行列は箒→露払い→道具→笛→〆太鼓→神鏡→神輿→お供え物の順で町を練り歩きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

神輿を目にすると、お祭り気分もUPしますね~。ちなみに、私が注目しているのは、笛。カンカン帽に浴衣といった、いなせなスタイルなんですって。お下りは今月の19日、お上りは20日と2日間行われます。必見です!

 

 

 

 

 

 

 

ヒーヒラロを見る前に、ちょいと神浦神社をお参りすることに。神浦神社は、神功皇后が朝鮮半島を制服したときに神浦に立ち寄り、当時人家にあった石に腰掛けたことをきっかけに、1796(寛政8)年に石垣を築き、境内としたといわれています。神功皇后の逸話って長崎各地にありますよね。活動的な皇后さまです。

 

 

 

 

 

 

 

その御腰掛の石が残っています。女性が座るには、わりと高めのようなカンジがしました。境内にあるので、お祭り前にぜひご参拝を。

 

 

 

 

 

 

 

再び、通りを歩いてみると、また気になる情報を発見。そとめ朝市とな。毎月第2日曜に開催中。こちらも朝のドライブルートに加えたくなるイベントです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お土産にいかが? 一瀬菓子舗さんの夕やけボーロ。夕日を連想させる丸ボーロとその名前が美しい。外海の国道202号線は、夕日が美しい通りで有名。思い切り一日を楽しんだ後は、キレイな夕日のご褒美があるかも! 雨の日でもこの丸ボーロがあれば、夕日を見た気分に浸れそうです。

 

ヒーヒラロ(神浦神社大祭)

平成27年9/19(土)・20(日)両日とも10時~

※第14回神浦散歩未知(こうのうらさんぽみち)は9/19(土)・20(日)・21(月・祝)

場所 神浦神社周辺(神浦散歩未知は外海地区神浦一帯)

駐車場あり

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