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特派員取材企画のアーカイブ

航海安全の守り神 住吉神社

鴨居瀬の住吉神社01

 対馬東部にある住吉瀬戸(紫瀬戸)に住吉神社が祀られています。古くから航海安全の神様として地元の漁民から信仰されてきました。昔は瀬戸が紫色に染まるほど紫色のサンゴが見られたそうですが、現在ではわずかしか見ることが出来ません。

由緒には、対馬で彦火火出見命と結ばれた豊玉姫が、この地に産屋を造り皇子を出産、抱育した古跡とあり、祭神は「彦波瀲武鵜茅草茸不合命(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」と「三筒男命(住吉神)」となっています。

住吉瀬戸 紫瀬戸

紫瀬戸

神社は、瀬戸に浮かぶ岬にあるため規模は大きくありませんが、静かで美しい場所にあるため島内の他の地区からの参拝客も多いようです。拝殿には奉納の絵馬が多く、信仰の篤さが感じられました。

住吉神社 拝殿

住吉神社絵馬

住吉神社02  

対馬特派員 鍵本泰志

名称 住吉神社

住所 長崎県対馬市美津島町鴨居瀬491番地

アクセス 国道382号線を北上、浅海中学校を右折。厳原市街から約26km。車で35分。グーグルマップ

 

しぼりたて生酒と美味しい肴

新酒生酒と旨い肴01

 今の時期は全国の蔵元で蔵開きが行われ、新酒を目当てに大勢のお客様が訪れているとか。対馬で唯一の蔵元、河内酒造でも行われましたのでさっそく新酒のしぼりたて生酒を購入してきました。

通常販売されている日本酒は殺菌のため加熱処理が行われていますが、生酒の場合は一切行っていないため芳醇な香りが楽しめます。そこで今回は、このお酒に合う酒肴を作ってみました。

いかの塩辛

 一品目はイカの塩辛。蔵開きに合わせて数日前に水揚げされたばかりのイカを購入し準備していました。イカのワタと身は塩を振って一晩冷蔵庫で寝かし、次の日に混ぜるのですが、ここでワタの半分(2杯のイカだと1杯分のワタ)をフライパンで弱火で熱し覚ましたものを一緒に入れるのが我が家流。あとは隠し味に少量の醤油も入れています。アルコール消毒したタッパーに入れて冷蔵庫に保存して5日目くらいで食べごろです。そのあいだ、一日一回は混ぜてください。

あじのなめろう

 二品目はアジのなめろう。新鮮で型の良いアジが手に入ったので三枚におろし、皮をはいで腹骨と中骨を取り除き、味噌、大葉、おろし生姜、ネギと一緒に包丁でたたけば出来上がり。簡単なわりに肴としても、ご飯のおかずとしても最適な料理です。

あさりの酒蒸し

 三品目はアサリの酒蒸し。砂抜きしてあるアサリを流水で殻をこすって洗い水気を切っておきます。フライパンにゴマ油を熱しニンニクのすりおろしを加え香りがたったらアサリを投入。日本酒をひたひたに入れフタをして殻が開くのを待ちます。途中フライパンを軽くゆすると閉じてる殻も開きます。開いたら醤油を少し回しかければ出来上がり。皿に盛って小口切りしたネギをかけて食べてください。

 昔の人は塩や味噌を舐めながら日本酒を飲んでいたそうですが、ここで紹介した酒肴もけっこう塩分がきいて日本酒との相性も抜群です。ただ、健康のために塩分の取りすぎには注意しましょうね。

皆様もお酒に合う自分好みの酒肴を作ってみてはいかがでしょうか?旨い!もう一杯!

しぼりたて生酒

対馬特派員 鍵本泰志

トンネルを超えて行こう!対馬のウエストコースト

鵜瀬海岸

 険しい山が多い対馬。東海岸から西海岸へ行くにも山越えで行くルートしかないため、距離の割に時間がかかったり、大型のバスやトラックが走行しにくいなどの問題がありました。

そのような問題を解決するために、新しく開通したのが佐須坂トンネルです。今までだと西海岸まで山越えで20kmの道のりを40分程度で行っていましたが、トンネルを通ると20分で行けるようになりました。佐須坂トンネル01

 トンネルは3分程で通り抜け、そこから15分で西海岸へ到着!強い風が吹いていましたが、海の色はきれいなマリンブルー。天気が良かったので韓国が見えるかな?と思いましたが、残念ながら今回は見ることができませんでした。

西海岸01

 小茂田港の南西にある鵜瀬に行ってみると、波が打ちつける岩の上に海鵜(うみう)がコロニーをつくっていました。岩の上が雪をかぶったように白くなっているのは海鵜の糞でしょうか?今は休憩の時間なのか海に潜って魚を獲る光景は見れませんでした。残念!

海鵜のコロニー

対馬特派員 鍵本泰志

春の磯開き 懐かしい磯ものがいっぱい!

磯のかた貝

(かた貝(松葉貝)・厳原町小茂田の磯にて)

磯開き・おがみぜ

(おがみぜ(カメノテ)厳原港の磯にて)

 春になると対馬の各漁村では磯開きが行われます。私が子供の頃は、自由にとっていた磯ものと呼ばれる貝類ですが、最近は減少して漁業権が無い人がとることは禁止されています。子供の頃に食べていた味は大人になっても忘れがたく、無性に食べたくなることってありませんか?

 そういう時にお世話になるのが、生産者市場の鮮魚コーナー。さっそく覗いてみると、対馬ではオガミゼと呼ばれるカメノテや、かた貝と呼ばれる松葉貝、サザエ、トコブシなど磯ものであふれていました。

磯開き・生産者市場01  磯開き・生産者市場02

 そこで目をつけたのが、かた貝(松葉貝)。子供の頃は塩ゆでして食べていましたが、周りにいた人たちに尋ねると、貝殻ごと味噌汁に入れるとか、炊き込みご飯で食べると美味しいとのこと。さっそく購入して炊き込みご飯を作ってみることにしました。

かた貝

2パックでこの量。これで税込400円でした。

【炊き込みご飯のレシピ】

1.かた貝は殻と身が剥がれるように軽く茹でます。身は縮んで少し小さくなります。(茹で汁は捨てないで下さい)

2.かた貝の内臓は小石が噛んでいたりするので、取り去ります。そのときに細いひも状のものも内臓についてくるので一緒に取ります。

3.かた貝、にんじん、生シイタケ、ごぼう、こんにゃくを食べやすい大きさにカット。

4.洗ってざるにあげていた米を炊飯器に入れ、水の代わりに米の分量分の茹で汁をこしながら加えます。3の材料と薄口しょうゆ、酒、塩、みりんもしくは砂糖で味付けし炊きます。簡単ですね!

かた貝 炊き込みご飯

出来上がりました!磯の香りがして美味しそう!いただきま~す!

対馬特派員 鍵本泰志

 

 

節分と豆まき

豆まき

(対馬の天台宗僧侶による豆まき・・・醴泉院)

 一年が経つのは早いもので、もう春の訪れが感じられるようになりました。対馬の天台宗醴泉院では、今年も節分の時期に護摩祈祷と豆まきが行われました。

 旧暦では立春が新年の始まりとされています。節分は元々、季節の変わり目である立春、立夏、立秋、立冬の前日を指していました。季節の変わり目には邪気が入ると信じられていたことから、宮中行事のひとつとして炒った大豆をまいていたのが庶民に広がり、神社やお寺、各家庭でもまかれるようになったとか。

 大豆は米と並んで神前に供える穀物で、穀霊が宿るとされています。その神聖な豆を鬼の目にめがけて投げ「魔目」それが「魔滅」につながるということで邪気を払い福を呼び込む意味があります。

護摩祈祷

(護摩祈祷の後は幸せと健康を願い参拝者全員がお祓いを受けます。・・・醴泉院)

 我が家でも節分の豆まきは昔から欠かせない大切な行事として続いています。子供の頃の思い出は、節分の夕方に母親が家中の窓を開け、私に炒り豆が入った枡を渡し「鬼は外!福は内!」と言いながらまくように言われてました。私はいつも近所の目もあるし恥ずかしいので小さな声で言いながらまいていたのですが、母親は「それじゃ鬼はでていかん!」と私から枡を取り上げ、近所中に響くような大声で盛大に豆をまいていました。毎年のことながら私は恥ずかしいのと、普段は物静かでやさしい母親の変わりようにいつも驚いていた思い出があります。

 対馬特派員 鍵本泰志

浅茅湾を見守る大岩「飯盛山」

 
美津島町にそびえ立つ飯盛山(いいもりやま)
名前の通りご飯を山盛り盛ったような形の、山というよりは岩のようなこの山ですが
今回は飯盛山の山頂から浅茅湾を望みます。
 
 
山道は所々整備されておらず少々危険な道のりとなっています。
 
特に岩場の部分になってからは風も強く、万が一転げ落ちたら止め処なく転がってしまいそう。
気を引き締めて岩にしがみつきます。
 
        
 
                                                           
 
やっとの思いで這い上がってみると、山頂には神社が。
山を下りた後でここの神社の由来や名前については色々と調べてみたのですが、資料が残っておらずわかりませんでした。
恐らくは飯盛山の大岩を奉る為の神社なのだと思います。
 
 
 
 
神社の反対側へと回ると……絶景!
道中の険しさも忘れてしまいそうな程です。
 
 
 
 
 
何処か下界とは違う雰囲気を感じる飯盛山に力を貰えたような気がするのでした。

懐かしの味「ピーターパンの対州飴」

 
こんにちは!
今回は対馬に昔からあるパン屋さん「ピーターパン」をご紹介します!
 
 
 
 
吉村鶏鳴堂ことピーターパンは三代続いてきた100年以上の歴史のあるお店で
初代の店主さんが佐賀から渡ってきて始めた飴やお饅頭を作って販売するお店から時代の流れと共に作る商品の種類が増え、今では和菓子からパンや洋菓子まで幅広く販売しています。
 
主に美津島町鶏知地区の人達から親しまれてきたピーターパンですが
厳原のスーパーマーケットなどにもずっと昔から商品を卸しているため、厳原在住の私や父も子供の頃からピーターパンのボーロ菓子や菓子パン、飴などを食べてきました。
 
元々美津島町という町は明治時代の頃竹敷地区には海軍の軍港が、鶏知地区には陸軍の警備隊司令部があったので
軍人さん達を相手にする商店や飲食店などで賑わっていた街でした。
現在は一部閉店してしまったものの最近まで鶏知地区だけでピーターパンを含め四軒も製菓店がありました。
 
 
 
 
今回はそんな軍人さん達も食べていた対馬名物、「対州飴」を購入してきました!
 
対州飴は昔ながらの製法で今も作り続けられている晒し飴で、キャラメルのような柔らかさと素朴で優しい甘みを持つ飴です。
一粒が昨今のキャンディよりも遥かに大きい為、お茶請け等にも出来そう!
 
時代が移り変わっても変わらない対州飴、これからも対馬の事を見守っていって欲しいと思うのでした。
 
 
 
長崎県対馬市美津島町鷄知甲541
ピーターパン
TEL 0920-54-2960
対馬特派員 鍵本 拓弥
 

軍の町に残る 陸軍墓地

鶏知陸軍墓地02

 リアス式海岸の浅茅湾(あそうわん)に面した美津島町(みつしままち)。空港や郊外型の大型ショッピングセンターが並んでいることから、周辺は新興住宅地の開発が進んでいます。明治時代には浅茅湾に面した竹敷に海軍の要港部が、町の中心である鶏知(けち)には陸軍の対馬警備隊司令部が置かれ、軍人を相手の料亭や商店が並び賑やかだったとか。その鶏知に陸軍墓地があるというので行ってみました。

 旧道から細い山道を登っていくと、そこにあったのは古い公園。雑草は刈られて手入れされていましたが、ブランコや滑り台などの遊具はサビが出て、しばらく使われてないような感じでした。

鶏知陸軍墓地02

公園の一角には、三つの石碑が並んでいます。一番大きな石碑は「忠霊塔」とあります。説明看板など無いため詳しくはわかりませんが、このような軍用墓地は平時の軍人を埋葬する目的で作られ、後に戦争で命を落とした戦没者も祀られるようになったようです。立派な石碑ですが、残念ながらところどころ欠けたり、敷石が割れていました。

鶏知陸軍墓地03

真ん中の石碑には「表忠碑」とあります。慰霊祭のときにでも建てたのでしょうか?

鶏知陸軍墓地04

 三つめの石碑は「ロシア軍人の碑」とあります。石碑の裏に説明文が彫ってありました。それによると『1905年(明治38年)5月27日の日本海、対馬沖海戦において不幸にも対馬の地で永眠された軍人、五人を二つの浜石をもって墓碑とし、手厚く葬られていた。遺骨は1909年5月に長崎市の稲佐山口のロシア人墓地の合祀碑に埋葬。その後も住人たちにより墓地の清掃は絶えることがなかったという。ここに百周年を迎え、勇敢に戦った五人の氏名を刻むとともに両国の平和と友好交流が深まることを祈念して建立する・・・2005年(平成17年)5月27日 対馬・歴史顕彰事業推進委員会』とありました。

鶏知陸軍墓地05

 この説明にある対馬沖海戦とは、日本海軍の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊の戦闘でのことで、司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」やこれを原作にし、2009年から2011年までNHKで放送された同名のドラマで有名です。この戦闘で壊滅的なダメージを受けたバルチック艦隊のロシア兵たちが多数、対馬へ漂着したと伝わっています。

 長年、対馬に住んでいる私も初めて訪れた陸軍墓地。日本とロシアの戦没者のご冥福をお祈りします。

対馬特派員 鍵本泰志

 

名称  鶏知陸軍墓地

場所 長崎県対馬市美津島町鶏知 グーグルマップ

アクセス 厳原市街から9.6km、車で15分

父との想い出 手作りイカ型でイカ曳き

イカ型01

 我が家の茶の間のなげしには、古い餌木(えぎ)が掛っています。これはイカを釣る目的で作られた古くからある疑似餌で、私が子供の頃はイカ型と呼んでいました。

 現在ではホームセンターの釣り具コーナーや釣り具店に行けば、色鮮やかな餌木がたくさん販売されていますが、昔はこのように木片から削りだし、色を塗って手作りしていました。手先が器用で釣り好きだった父(故人)は自分で作ったイカ型でミズイカ(アオリイカ)を釣るのが趣味で、小学校3年くらいから私も良く連れて行ってもらいました。

 父は伝馬船(てんません)と呼ばれる櫓漕ぎの小さな船を持っていました。船尾で片手で櫓を漕ぎながらゆっくり船を走らせ、もう一方の手でイカ型の仕掛けをしゃくりながら釣っていた姿を思い出します。帰港するときに櫓を漕ぐのは私の役目。小さい体でエッチラオッチラと漕いで帰っていました。

 釣果は季節や潮の流れもありますが、イカ型の出来に左右されるので良く釣れる物は本職の漁師さんが売ってくれと言ってました。そんなとき、人が良い父は惜しげもなく無料で上げていましたから我が家に残っているイカ型はこの3本だけとなりました。

イカ型02

スーパーの鮮魚コーナーには大きなミズイカが販売されていました。大きなものは2,000円を超える値段がついています。子供の頃は父のおかげでミズイカはもちろん、サザエやアワビ、ウニなども買うものじゃなくて食べたければ自分で獲るものだったのですが、現在では買うものになってしまったのはさびしいですね。

なげしから父が削ったイカ型を降ろして手に取ってみると「おーい、ミズイカ曳きに行くぞ」という父の声が聞こえたような気がしました。

イカ型03

対馬特派員 鍵本泰志

先人の知恵? 迷信、ことわざ、いいつたえ

上對馬のものごつ いいつたえ

 皆さんは子供の頃に「夜に爪を切ったらいけない」とか「乳歯が抜けたら上の歯は床下へ、下の歯は屋根の上に投げる」とか聞いたことはないでしょうか?

私の手元に昭和60年に上対馬町教育委員会が発行した「上對馬のものごつ いいつたえ」という本があります。その冒頭では昭和20年代頃から長く育まれてきた行事や慣習がすたれてきたとあります。読んでみるとお正月から大晦日までの各種行事や言いつたえ、天気のこと、迷信、ことわざまで多岐にわたって書かれていました。そこで今回は、近年では忘れ去られて人々が口にすることが少なくなった迷信や言いつたえについて私が覚えていることを中心にご紹介します。

 

『ものもらいが出来たら、井戸に小豆3粒を投げ入れ、振り向かずに帰る』

これは40年以上前に祖母が、私にものもらいが出来たときに小豆をものもらいに当て、井戸に投げ入れたあと後ろを振り向かずに帰った記憶があります。小豆をものもらいに当てるとき何かおまじないの言葉を言っていたように思いますが、定かではありません。

『お盆に泳ぐと河童が尻を抜く』

海水浴場の近くで育った私には、夏休みに海で泳ぐことがライフワークとなっていました。しかし父親や祖母から「お盆に海で泳いだら仏様が、あの世に連れて帰る」とお盆に泳ぐことは固く禁じられていました。

『西が曇れば雨になる』 『小鳥が鳴き出すと天気になる』 『月に雨傘、日に日傘』

現在では、気象衛星の画像や天気図、予報など予測できる天気も昔は自然現象から予測していたようです。ちなみに『月に雨傘、日に日傘』は、月の周りに光臨が出たら雨になり、太陽の周りに出たら晴れるという意味です。覚えておくといいですね。

『山に入るときアブラウンケンソワカと3回唱えると虫にかまれぬ』

この言葉は、幼いころに聞いた覚えがあります。どんな意味だろうと不思議に思い、ネットで調べてみると仏教の中でも密教系の真言のひとつのようです。アビラウンケンソワカが正しいようで、大日如来の内面の悟りを表し、あらゆることを達成するための呪文とのこと。虫よけのおまじないではなかったんですね。

『沖で水死人を拾えば漁がある』

このことわざは対馬はもちろん、他の地域の複数の漁師さんから聞いたことがあることから広い範囲で普及しているのではないでしょうか?厳しい自然を相手に仕事をしている漁師さんたちは信仰深い人が多く、「沖で土左衛門(水死体)を見つけたら、船に引き上げて連れて帰り、弔えば大漁に恵まれる」と信じられています。

『沖であやかしに会って、あかとりを貸せと言われたら底を抜いて貸さぬと海水を舟に汲み込まれて沈没させられる』

これも子供の頃によく聞いた怪談話で「沖で海坊主が出てきて、あかくみ(舟底に溜まる海水を汲み出す小型の桶)を貸せと言われたら、底を抜いて貸せば、海坊主がいくら海水を舟に入れて沈めようとしても出来ないので助かる」というもの。

ここに挙げた迷信以外にも、皆さんも多くの迷信や言いつたえをご存知かと思います。たまには童心にかえって思い出してみてはいかがでしょうか?

対馬特派員 鍵本泰志

参考文献

「上對馬のものごつ いいつたえ」

昭和60年3月20日発行

発行者 上対馬町教育委員会

平家物語の登場人物の墓? 佐須陵墓参考地

佐須陵墓参考地05

 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・で始まる平家物語。この巻十一、先帝の身投げの項には、壇ノ浦の戦いで戦局不利と見た二位殿が、「波の下には極楽浄土という都がございます。一緒に参りましょう」と孫の安徳天皇を抱きしめ海中に身を投じたとあります。このことから安徳天皇の御霊は壇ノ浦に近い山口県下関市の阿彌陀寺陵に祀られています。

 この他にも宮内庁指定の陵墓参考地として5カ所あり、壇ノ浦の戦いで身投げした安徳天皇は身代わりで、生き延びたという伝説が各地に残っています。対馬の久根地区もその一つであり、壇ノ浦の戦いから60数年後に対馬の地頭代だった宗重尚が、筑前与志井(吉井)から70歳の安徳天皇を迎え御所を営んだと伝承されていますので皆様にご紹介します。

佐須陵墓参考地02

佐須陵墓参考地03

佐須陵墓参考地04

 厳原市街から車を走らせること40分。のどかな田園風景が広がる久根地区に入ると、民家の間の細い道の入り口に「安徳天皇御陵墓参考地」の看板を発見。細い道を登っていくと説明看板と御陵墓へと続く石段がありました。石段を上ると久根地区を眼下に見渡せる広場があります。

佐須陵墓参考地06

さらに石段を上ると門がありました。宮内庁の管轄なので中には入れませんが、門の所から御陵墓を見ることが出来ました。写真ではそうでもないですが、実際は木々が生い茂りかなり暗い印象を持ちました。今となっては、この地に祀られているのが誰かはわかりませんが、近くにある銀山上神社のご神体である古鏡は、安徳天皇の遺品と伝わっていることから、壇ノ浦の戦いを逃れた天皇が晩年を対馬で過ごし崩御されたという伝承も信憑性がありますね。

佐須陵墓参考地01

佐須陵墓参考地07

(門外から望遠で撮影しています)

対馬特派員 鍵本泰志

名称    佐須陵墓参考地(安徳天皇御陵墓参考地)

場所    長崎県対馬市厳原町久根田舎(くねいなか)グーグルマップ

アクセス  厳原市街から県道24号を南下、県道192号を西に進み再度県道24号を北上厳原から21km車で40分から45分

本当に黒い!「ノドグロの酒蒸し」

プロテニスプレイヤーの錦織圭選手。
 
今月8日にもブリスベン国際男子トーナメントに出場した錦織選手ですが
2014年に全米オープンテニス大会で準優勝し凱旋帰国をした際のインタビューで
「ノドグロを食べたい」とおっしゃっていました。
 
 
 
今回はその「ノドグロ」を生産者市場で見つけたのでご紹介したいと思います!
 
ノドグロことアカムツは東北や山陰地方では高級魚として扱われ
脂が乗っているため煮ても焼いてもお刺身にしても美味しい白身魚です。
 
 
 
 
口の中を覗いてみれば「ノドグロ」の名前からも分かるように口の中が真っ黒。
 
暗いから黒く見えるわけではなく本当に真っ黒い色の口内をしています。
 
 
 
対馬ではアカムツは唐揚げ用として売られている事が多いのですが今回は敢えて酒蒸しにしてみました!
 
蒸された事で程よく脂が抜け、昆布の旨味を吸ったアカムツは絶品!
白身魚らしく癖が無いけど確かに主張してくる味が若干のほろ苦さを感じさせる皮と相まってとても美味しいです!
 
あまりにも美味しかったので酒蒸しを食べ終えた後思わず蒸汁で雑炊を作ってしまいました。
 
アカムツを専門に漁をしている漁師さんは恐らく対馬にはいらっしゃらないため
常に市場で見かけるという事は無いのですが
 
もし見かけることがあれば、是非ご賞味あれ!
 
※今回のアカムツはふれあい市場にて購入しました
 
対馬特派員 鍵本 拓弥

浅茅湾を望む渡海船「ニューとよたま&うみさちひこ」

1900年、当時の大日本帝国海軍が軍艦を通す為の運河として万関瀬戸を掘って以来
対馬は海を隔てて北と南に分かれています。
 
1955年にこの万関瀬戸に万関橋がかかるまでは、陸路で北と南を行き来することはできませんでした。
 
しかし、それ以前から対馬の人々は日常的に船を使った交通手段で島内を移動していたようです。
 
今回は、それの名残ともいえる『渡海船』をご紹介します。
 
  
 
 
美津島町鶏知の長板浦(ながいたうら)、先日開院したばかりの対馬病院の方向へと進むと小さな船着場があり、待合所が見えてきます。
 
 
 
 
 
この日停泊していたのは『ニューとよたま』
長い間対馬の人々の交通手段となってきた船です。
 
 
今回は出航している様子でしたが今年の5月よりニューとよたまの他にも『うみさちひこ』という新しい渡海船も就航しています。
 
この渡海船は長板浦を出航し浅茅湾を航行して終点の豊玉町仁位(にい)へ寄航の後、また長板浦へと戻って来ます。
道路が整備された今となっては陸路の方が早く移動が出来るのですが
天気の良い日の浅茅湾を船から眺めることが出来るのは得難い体験なのではないでしょうか!

渡海船の運航表はこちらから

問い合わせ先:
対馬市中対馬振興部 地域振興課 TEL.0920-58-1111
渡海船「うみさちひこ」                        TEL.090-5471-6769
 
対馬特派員 鍵本拓弥

 

海からの恵み 対馬食通祭

対馬食通祭 交流センター01

 

 黒潮の支流、対馬暖流に囲まれている対馬には多種多様な魚が生息しています。山々が連なり耕作地が不足していたことから先人たちの多くは、この豊かな海からの恵みで命を繋いできました。最近ではタチウオ、アマダイ、ノドグロ、アナゴ、養殖マグロなど多くの魚がブランド化され島外へ出荷されています。

 しかしこのような高級魚はなかなか私たち島民の口には入りません。そんな中、最近よく催されているのが、対馬の食材を島民に食べてもらおうという試みで始められた対馬食通祭です。

対馬食通祭 交流センター02  

11月22日に開催されたオープニングイベントではマグロの解体ショーと試食会が行われ、対馬のブランド魚「トロの華」が無料で試食できるとあって長蛇の列が出来るほどの人気でした。

一方、12月19日に開催された水産品の販売では、大きなサザエ、ヒラメ、ナマコ、ひおうぎ貝にアワビ、干物などが並び、値段を聞いたり、美味しい食べ方を尋ねたりで皆さん興味しんしんの様子でしたよ。

対馬食通祭 交流センター04

対馬食通祭 交流センター05

サザエはまだ禁漁期間の場所が多く、水揚げが少ないため1キロ1500円と高めの値段でしたが、ひおうぎ貝は1枚70円とお得。私は焼いてバターと醤油で食べるのが好きです。写真を撮ってると出店している水産会社の社長さんがやってきました。以前からの知り合いなので、「商品持ってアピールしてください」とリクエストすると恥ずかしがりながら、アワビを手に写ってくれました。

対馬食通祭 交流センター06

この阿比留(あびる)社長。いつも島内中を走り回り、旬の海産物を仕入れて販売しています。ちなみに手にしているアワビは100グラム1,000円。これで4,000円から5,000円とのこと。大きいだけに値段も高いですね。これも都会では8,000円以上で販売されているんじゃないかと思います。アワビは海草をエサにしているのですが、近年は磯焼けと呼ばれる海の砂漠化が進んでいるため漁獲高が減っています。

加工品のコーナーでは海草のしらもが販売されていました。島内ではあえものやサラダ、刺身のけんとして使われています。あまりメジャーな食べ物ではないので、若い方は知らない食材かも知れませんが、このような食通祭では色々と見ることができて楽しいですね。

対馬食通祭 交流センター 07

対馬特派員 鍵本泰志

 

郷土愛を育む曲の盆踊り 第25回 対馬島郷土芸能発表大会

第25回 対馬島郷土芸能発表大会01

 古くから対馬島内各地に伝わっている盆踊り。その中でも以前から見てみたいと思っていたのが、厳原町曲(まがり)地区の盆踊りです。私も同じ町内に住んでいますが、ここの盆踊りは曲地区の、初盆を迎えた家の屋内や墓前のみで舞われるため、私は見る機会がありませんでした。その踊りが、対馬島郷土芸能発表大会で披露されるというので行ってきました。

プログラムによると、演目は「四ツ竹踊り」と「柳踊り」の二つで、演じるのは地区の小中学校の生徒と高校生となっています。

第25回 対馬島郷土芸能発表大会02

「四ツ竹踊り」は白い飾りが付いた竹片を両手に持って、お囃子衆の唄に合わせて踊ります。児童たちが真剣なまなざしで踊る姿に、観客からは盛大な拍手が送られました。本来は地区の10代から20代の青年たちで舞われているようですが、最近は教育の一環として小中学校で、女生徒も交えて教えているということでした。

第25回 対馬島郷土芸能発表大会03

第25回 対馬島郷土芸能発表大会04

「柳踊り」は南京玉すだれのような小道具を持ち、太鼓と唄に合わせゆっくりと舞います。その立ち姿は太極拳の演武のように腰を落とし、ひざを曲げて行われていることからかなりの筋力と体力がいるように感じました。今回披露された踊りの他に、曲の盆踊りとして伝わっているのは「綾踊り」「二本扇踊り」と全部で四つあり、厳原町の他の地区に伝わる先祖供養の盆踊りとともに、対馬厳原の盆踊りとして国の無形民俗文化財(記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財)に指定されています。

 古くから伝承されている踊りを、次の世代へ引き継ぐのは少子高齢化の進む中、難しくなってきているのでしょうが、これからも途切れないように続けていってもらいたいですね。

 

対馬特派員 鍵本泰志

第25回 対馬島郷土芸能発表大会

主催 対馬島郷土芸能保存会

日時 平成27年11月29日 対馬市交流センターで開催されました。

力強い御神木「住吉神社の夫婦杉」

 

最近はすっかり冷え込み、冬模様の対馬ですが

そんな冬の寒さにも負けず力強い姿を見せてくれる夫婦杉が美津島町鶏知(けち)の住吉神社にあります。

 

 

周りの木々が色付いていく中で尚青々とした葉を生い茂らせているこの夫婦杉。

詳しい樹齢は判明しませんでしたが、幹の太さを見るに杉の中では恐らくまだまだ若い若夫婦さんなのでしょう。

 

しかし、こうして下から見上げてみると

杉の中では若いとはいえ人間の尺度では途方も無く長い時間を生きてきたのであろう事を実感します。

そんな事を考えながら木の幹に手を当ててみると、心なしか少し温もりがあるように感じるのでした。

 

住吉神社で奉られている彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)という神様のご利益のひとつには夫婦円満があるので

夫婦杉へ興味を持たれた方は是非ご夫婦で住吉神社をご参拝なさっては如何でしょうか!

対馬特派員 鍵本拓弥

寒くなったらこれ!いりやきそば

いりやきそば01

12月になると一段と冷え込んできますね。寒さが厳しい対馬で、この時期によく食べられる郷土料理に「いりやき」という鍋料理があります。漁村では魚、農村では地鶏を入れ、季節の野菜とともに味わうのですが、最後に具材の味がしみ込んだ汁をソーメンやうどん、そばにかけて食べると美味しいことから「いりやきは後食え」ということわざがあるくらいです。

そこで今回は、ご家庭でも簡単に出来るいりやきそばをご紹介します。

いりやきそば02

【いりやきそばの材料(2人前)】

鶏のぶつ切り ・・・ 200g

対州そば ・・・2人前

しいたけ(干ししいたけは水で戻す) ・・・ 4枚

ごぼう(ささがき) ・・・ 半分

水 ・・・ 800cc

*塩・・・適宜

*うすくちしょうゆ ・・・大さじ2から3

*酒 ・・・ 大さじ2

*砂糖またはみりん・・・適宜

ネギ ・・・適宜

【作り方】

鍋に水と鶏のぶつ切り、しいたけとごぼう、調味料(*印)を入れ中火で30分程度煮ます。

ゆでた対州そばに汁をかけ、具材を乗せれば完成。簡単ですね。

何か足りないなと感じたら、顆粒の鶏ガラスープの素を小さじ1杯入れると、こくが出て美味しいですよ。

 

いりやきそば03

いりやきは、各家庭ごとに具材も味付けも違うので色々な作り方がありますが、全体的に甘めの醤油味が基本となります。我が家でそばをたべるときに、いりやき風にして食べることから紹介してみました。

皆様も、ぜひお試しください。

対馬特派員 鍵本泰志

厳原港のシンボル 立亀岩(立神岩)

立亀岩01

 対馬に生れた人々にとって、進学や就職で故郷を離れるときに目にするのは出航する船から眺める港の風景でした。厳原港の東岸には立亀岩(たてがみいわ)と呼ばれる巨大な岩がそそり立っています。島人はこの岩を見ながら、不安や希望を胸に都会へ旅立ち、お盆や正月に里帰りした時は、この岩を見て故郷へ帰ってきたと懐かしい気持ちと安堵感が湧き上がったものでした。

立亀岩02

 祖母に聞いた話では、フェリーや高速船、韓国航路の船が入出港している現在と違い、昭和初期までこの立亀岩の下は浪打ち寄せる海岸で、恋に破れた乙女が身投げするような場所だったとか。

立亀岩という名は亀が立っているような形からつけられたようですが、これは後世つけられたもので、本来は立神岩(たてがみいわ)といい、神が降り立つ場所だったようで、航海安全の神、住吉神社が祀られています。

立亀岩03

昔は船が出港する際は大勢の見送りの人とデッキで旅立つ人が色とりどりの紙テープで繋がり、船が岸壁を離れるとテープが切れ哀愁を誘ったものでした。飛行機が普及している現在では、見送りもあっけないように感じます。都会へ旅立つ人が最後に目にするのは、上空から見下ろす対馬のリアス式海岸でしょうか?

対馬特派員 鍵本泰志

年に一度の馬祭り 対馬初午祭

対馬初午祭01

 険しい山が多い対馬で、農耕や木材、薪、炭の運搬などに使われてきた対州馬は、島の人々にとって欠かせない存在でした。今回の島の祭りは、その対州馬を主役とした「対馬初午祭」の様子をお伝えします。

元々、初午祭は対馬の上県町瀬田地区に伝わる男児の節句を祝う伝統行事です。その時、余興として河原の土手を対州馬で走り、競い合ったのが「馬跳ばせ」で、近隣から大勢の見物客が訪れるほどの賑やかなお祭りでした。

対馬初午祭02

 祭りのプログラムは毎年趣向が凝らされた出し物で、対州馬のダービー「馬跳ばせ」を始め、流鏑馬(やぶさめ)や疾走する馬上からの凧揚げ、障害飛び越え、階段登りなど人馬一体の高度な技を要する内容で観客を楽しませていました。

小型ながら馬跳ばせで疾走する対州馬は、思いのほかスピードがあり、近くで見ているとすごい迫力でした。

対馬初午祭04

対馬初午祭05

対馬初午祭06

また、対州馬と触れ合える子供たちの乗馬体験では、長い行列が出来ていました。子供たちにとっては良い思い出になるプログラムですね。

対馬初午祭08

 ♫ はぁー しんきー しんきーと 山路ちゃ行けばー・・・  尺八の音色にあわせて歌われる対馬民謡の「しんき節」が会場に響き渡ります。元々は、ばいのさ節、馬子歌といわれていた「しんき節」。対州馬とともに山で一日仕事をし、馬も人間も疲れ果てて家路につくときに歌われたものです。歌の合間には馬を叱咤激励するセリフが入ります。「ほぅ!だだだだ!さっさ歩まにゃ 戻ってぞうずは飲ませんぞ!」 ぞうずとは馬のために作った雑炊状のエサで、馬の疲れが取れるように与えていました。

対馬初午祭07

 対州馬保存会事務局の冨永さんが、このようなことを仰っていました。

「山がちで道路事情が悪い対馬で、昔の人々は対州馬の力を借りて生活をしてきました。車や農機具の普及で対州馬を身近に感じることが無い今では、そのことが忘れられて対州馬の存在が意識されることが少ないようです。対馬の発展のために尽力してくれた馬の存在を忘れないように、次の世代へ伝えていきたいですね」

 対州馬の啓もう活動も兼ねている初午祭ですが、島の人々は対馬のために頑張ってくれた対州馬への感謝を忘れてはいけませんね。

対馬特派員 鍵本泰志

名称    対馬初午祭(つしまはつうままつり)

会場    目保呂ダム馬事公園 長崎県対馬市上県町瀬田

日時    毎年10月第3日曜日

主催    対馬初午祭実行委員会

後援    対馬市、対州馬保存会

協賛    瀬田区

創建400周年 万松院(ばんしょういん)

万松院01

 対馬藩主、宗家菩提寺の万松院は今年で創建400年を迎えました。対馬の観光パンフレットでは朱に塗られた桃山式の山門の写真が良く使われていますが、それ以外にも本堂や境内、歴代藩主の御霊屋、大杉など見どころがいっぱいなんですよ。

万松院10

 万松院は、元和元年(1615年)に対馬藩二代藩主の宗義成公が初代藩主、義智公の菩提のために創立。当初は松音寺といっていましたが、義智公の法号に因んで万松院と改められました。その後、歴代藩主や正室、側室などのお墓も建てられ藩主菩提寺としての役割をはたしてきました。

朝鮮国との外交に携わっていた対馬藩ですが、本堂内には皇室から下賜された額、朝鮮国王から送られた三具足(仏前に供える香炉、花瓶、燭台)や徳川歴代将軍の位牌が安置された部屋があり、朝鮮通信使の饗応役としての格式が感じられます。

万松院02

(萬松精舎の額。後水尾天皇の第三皇女、鏡の宮の書)

万松院03

万松院04

百雁木と呼ばれる132段の石段を上ると見えてくるのが万松院の大杉。その大きさは目通り6~7m、高さ35~40mの巨木で、樹齢は万松院創建以前といわれていることから400年以上となります。万松院を訪れたらぜひ、この大杉に手を当ててみてください。木のパワーが感じられるかもしれませよ。

万松院06 万松院05 万松院07

御霊屋は壮厳な雰囲気の中に巨大な藩主の墓がずらりと並び、金沢の前田藩、萩の毛利藩とともに日本三大墓地の一つといわれています。

万松院08  万松院09

対馬特派員 鍵本泰志

名称 万松院(ばんしょういん)

住所 長崎県対馬市厳原町西里192 グーグルマップ

アクセス 厳原郵便局前交差点を西へ450m。徒歩7~8分。

拝観料 300円 

拝観時間 8時~18時(冬季は~17時) 年中無休

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