島の祭り 対馬特派員|鍵本|2011.11.24

浜に響き渡る勝どきと蒙古太鼓 小茂田浜神社大祭


 今から700年以上前の鎌倉中期、二度にわたる元寇(蒙古襲来)で対馬は惨状を極めました。文永11年(1274年)10月5日、軍船9百、兵3万の蒙古・高麗の連合軍に対し、対馬守護代、宗助国(そうすけくに)は親兵80余騎を従え、勇猛果敢にこれを迎え討ちました。


 10月6日午前4時に始まった戦は、午前9時には全員討ち死にしたと伝えられており、宗助国の墓は、下原にお首塚、樫根にお胴塚と別々にあり、戦の壮絶さを物語っています。ときに助国、68歳の老将であったということです。



 小茂田浜神社は、宗助国以下国難に殉じた人々を祀っています。毎年新暦の11月12日には慰霊の大祭が行われ、大勢の参拝客で賑わっています。



 また、境内には地元の方が販売している佐須餅(豆餅)があるのですが、人気があるためすぐに売り切れてしまいます。この餅の由来は販売している方に伺ったところ、「蒙古襲来のとき村はお祭りの時期で餅を搗き、アンコにする小豆も煮ていた。そこを襲撃されたものだからアンコ餅をつくる時間が無くて、餅の表面に煮ただけの小豆を貼り付けて戦に向かう兵士に手渡した」というものでした。この話、私も子供の頃から聞いていますが、何パターンかあるようです。そしてこの餅の味ですが、一口目はうっすらと塩味で、全く甘くなく違和感を感じるかもしれませんが、塩味の中に餅の甘みと小豆の食感がさっぱりした味わいでやみつきになる美味しさですよ。対馬にお出での際はぜひご賞味ください。



 直前まで降っていた雨も、お下がりの時にはどうにか上がり、神社横の海岸に設けられたお旅所で大勢のギャラリーが見守る中、粛々と神事が始まりました。





 神事が進む中、注目を集めていたのが、700年前の世界から戻って来たような鎧兜の荒武者達です。少し近寄りがたい雰囲気ですね。



 神事は神主が、島の平和を祈願し蒙古軍を迎え撃ったごとく海に向かって弓矢をかまえる「鳴弦(めいげん)の儀」そして、氏子達が「エイエイオー!」と勝どきを上げクライマックスを迎えました。



 神事が終了した後は、地元の若者が中心の地域おこしグループ「佐須響心会」のつしま蒙古太鼓が披露され、にぎやかに幕を閉じました。




名 称:小茂田浜神社大祭
場 所:対馬市厳原町小茂田浜 小茂田浜神社
開催日:毎年11月12日
アクセス:厳原から久田~日掛線で18km。車で30分



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