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島の細道 長崎本部取材|2015.11.4

軍艦島物語⑪ 〜島の暮らし 先進の島と呼ばれて〜




 人工島である軍艦島には、「日本初」と呼ばれるものが多く存在しました。炭坑アパートを建築する際にも、一部に新しい試みがありました。鉄筋部分に使われたワイヤーは炭坑の廃材。セメントを作る時に使った砂は、対岸から運んだものだったとか。今で言うエコやリサイクルに近いチャレンジだったようです。

 また、完成したアパートにはダストシュートが設置されていました。家庭用のゴミを、専用の投入口から落とすと一カ所に集まるようになっていて、集合住宅の高所に住む人にとっては便利なシステムです。このダストシュート、今ではさほど珍しいものではありませんが、昭和30年代の軍艦島のアパート各棟に設置されていたことを考えると、やはり軍艦島は先進の島であり、島の採炭には大きな期待が寄せられていたことがわかります。

 昭和30年代の日本では、豊かさの象徴としてテレビ、洗濯機、冷蔵庫を「三種の神器」と呼んでいました。庶民の間にはテレビがいち早く広まり、洗濯機、冷蔵庫が続きました。もちろん、国内の全家庭が持っていたわけではなく、比較的裕福な家庭から順番に購入が広まりました。













 この時代に、国内でも普及率の高さを誇ったのが軍艦島。昭和33年の新聞には「島(軍艦島)の家庭は100%の電化」と報じたものもありました。

 戦後の端島で育った子どもたちにとっては、テレビも冷蔵庫も洗濯機も、島内のどこの家庭にも備わっていたため、特別珍しい存在ではなかったとか。後年、成長した島の子どもたちが進学や就職のために軍艦島を離れて初めて、故郷での暮らしが豊かなものだったと感じるのが常だったそうです。

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