世界文化遺産で寒グレ釣行。

 世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」の構成資産の1つに「端島炭鉱」がある。端島炭鉱のある長崎市の端島(軍艦島)は、昔から釣りのポイントとして有名で、冬になると寒グレの大型が釣れるため、多くの釣り人が訪れる。私は世界文化遺産に登録される数年前に1度だけ訪れたことがあったが、12月19日、久しぶりに軍艦島に釣行することにした。

 当日は、フィッシングショップオガワでオキアミ生2角とボイル1角、マルキューのグレパワーV9徳用1袋、グレの道1袋を購入し、港へと向かった。

 映画館下のポイント

 ゑびす丸は、野母崎の野ノ串港を午前6時30分に出港し、5分ほどすると夜明け前の薄暗い海に軍艦島が姿を現した。私は、軍艦島の西側に位置する「映画館下」というポイントに上陸した。

 マキエを用意してから、仕掛け(ウキ:ガルツのグレスト(テトラポッツバージョン)のSサイズのG2(GPS:SサイズのG2)、道糸:サンラインのGOLDISHの1.75号、ハリス:Vハードの2.25号を1ヒロ、道糸とハリスは直結)を用意した。

 早速、マキエを撒いてから釣り始めると、当たりがないままツケエサばかりが盗られる。出港前の船長の話では、半ピロから1ヒロのタナでグレが当たってくるとのことだったので、ハリスを半分にカットしてみることにした。すると、すぐに当たりがあり、37cmの尾長グレを釣ることができた。続けて35cm、32cmの口太グレが当たってきた。

 やがて、上げ潮が徐々に動きだした10時頃には、バリやフグなどのエサ盗りが活発にエサを拾うようになり、また、グレの喰いも渋くなりアタリが少なくなった。そこで、ハリスを2.25号から1.75号にサイズダウンすることにした。

 仕掛けを変更して、しばらく繰り返していると、ウキが10cmほど沈んで一旦停止し、一気に海中へと消え去っていった。周囲には、沈み瀬だらけなので、慎重に浮かせてタモ入れした。取り込んだのは、46cm、1.6kgの口太グレだった。

午後になると、潮の流れが速くなり、仕掛けが落ち着かなくなった。その後、潮止まり近くの潮が緩んだ瞬間に33cmの口太グレを追加したところで、午後1時半となったので、マキエを洗い流し、午後2時の回収の船に乗り込んだ。

 筆者が仕留めた46cm、1.6kgの口太グレ       こんな所に乗ってます

 

 お世話になった「ゑびす丸」                この日の釣果

 

 
軍艦島全景

 

<渡船の問い合わせ先>

渡船:ゑびす丸(馬場船長)TEL:095-894-2039
料金:4,000円

<エサ&釣況の問い合わせ先>
フィッシングショップ オガワTEL:095-878-1301

数十メートル違いの釣りポイント

今年初の釣りスポットは、西彼杵郡長与町の長与港に行ってみました。以前にもこのコーナーで紹介しましたが、今回は、長与港は長与港でも、ふれあい広場近くの大村湾沿い。どんな魚が釣れるのか楽しみです!

 

 

 

 

 

 

 

ふれあい広場横の海沿いを歩いてみました。この日、天気は良かったけど、北風が寒かった。ふと、大村湾に目をやると漂流する鳥たちを発見。何?カモ? 大海原への大冒険の旅が始まる(←ドキュメンタリー風)。

 

 

 

 

 

 

 

お、遠~くに釣り人の姿が。さっそくお邪魔して、話を聞いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

まるで、オジさまたちの社交場と化した波止場。さきほどの鳥たちが泳いでいた側は、北風が強かったせいか、防波堤のある方で釣りを楽しんでらっしゃいました。みなさん、顔見知りで、だいたい朝の8時頃に来たそうです。

 

 

 

 

 

 

 

最初に見かけたオジさんのところが良く釣れるポイントだったらしく、次々に魚がかかっていました。写真はフグだったので捨てちゃいましたが。

 

 

 

 

 

 

 

フグを釣った約5分後、またオジさんに当たりが。釣り友に網で魚をすくってもらっていました。

 

 

 

 

 

 

 

チヌ狙いとのことで、チヌの一歩手前のメイタをゲット。歯がなんか鋭い。オジさんも釣り針をはずすのに苦戦していました。

 

 

 

 

 

 

 

お隣のお隣に陣取っていた茶色パーカーのオジさん。「今日はあまり釣れんからもう帰る」とのことで、お昼前に退散。釣った魚はココでウロコなどをとっていくとか。ウロコはきちんと海水を流してお掃除。釣り人のマナー、素敵です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、また釣れたとね」と少々うらやましそうな!?手前のオジさん。オジさんもチヌ狙いでした。

 

 

 

 

 

 

 

堤防近くのオジさんが釣り上げたのは、またまたメイタ。体長は25センチぐらいかな。寒い冬はコレをアテに一杯できますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り際、ふれあい広場にあったがんばらんば国体の看板に励まされました。がんばくん、らんばちゃん、がんばっとるなぁ。釣り人たちもこの文言に癒されること間違いなしです。

 

西彼杵郡長与町・長与港

長崎市街地から車で約30分

 

30年続く元村地区の節分祭

2016年1月も、はや中盤へとさしかかってきました。みなさま、いかがお過ごしですか? 今回のお祭りは、もうすぐ節分ということで、西彼杵郡時津町にある祐徳稲荷神社の節分祭をご紹介したいと思います。実は、昨年、節分祭にお邪魔したんです!

 

 

 

 

 

 

 

祐徳稲荷神社では、毎年18時からお祓いが始まるとのことで、18時ちょい前に自宅からすでに仮装……いや衣装を身に着けた人々が祐徳稲荷神社へとやってまいりました。

 

 

 

 

 

 

 

裃姿の年男、天狗、女装した方まで。いろいろなお姿の方がお祓いを受けていました。演者(?)さんらは、地元の元村地区の人々が中心だそう。無事節分祭がすむようにお祓いを受けます。10分ほどで終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お祓い後、大王や天狗に扮した人々が、一般家庭に出向く前に、まず、社務所内を鬼払いします。入る順番も決まっていて、大王→年男→天狗→福娘2名→高砂婆→高砂爺→恵比須さま→大黒さまと続きます。大王が「鎮地府の将軍 国 摂津守 源頼光 彰子が岳に 鬼が住家をなしている その鬼が下るか 下らぬかために始まったる鬼豆打ちなり」といって中に入ります。こちらの豆まきは、ただ豆をまくのではなく、物語があるみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大王に続いて年男が入ります。手には豆まきの升が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次は、迫力満点の天狗登場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天狗の次は福娘。場の雰囲気を和らげてくれます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続いておばあさんの高砂婆。腰を曲げた姿勢は、たとえ若者であっても腰にきそう。おばあさんとくれば、お次はおじいさんの高砂爺。おばあさんは「もっとも もっとも」、おじいさんは「その声 その声」というセリフです。

 

 

 

 

 

 

 

おじいさんまで揃ったら、家の中をぐるぐる回りながら豆をまきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

みんなが外に出たら、恵比須さまが登場します。「親も代々 子も代々 代々伝わる福の神 福はこの家にどてんどっさり」と大声で叫びます。

 

 

 

 

 

 

 

 

最後は「福は内 福は内」といいながら大黒さまが、大きなうちわをふります。この寸劇(?)を各家庭へ出向き、行います。厄払いとはいえ、たいへん!

 

 

 

 

 

 

 

恵比須さまはセリフにある「親も代々(だいだい)~」の代々にかけて、縄に通した果物のダイダイを持ってます。時々、家のご主人とひっぱりあいに!? このダイダイにふれると縁起が良いそう。 

 

 

 

 

 

 

 

普段見慣れない仮装集団に、子どもが泣き叫ぶかと思いきや、そこまで泣きじゃくる姿もなかった。鬼役がナイので、ビビらせる必要もないか。豆の片づけはたいへんそうですが。

 

 

 

 

 

 

 

3班に分かれて、2時間ぐらい回りました。各家庭で、お酒やご当地スイーツの時津まんじゅうなどいろんなお接待も受けました。すっかり日も落ち、冬なので寒い。だけど、節分祭は厄を祓い、新しい年への豊作を祈願する大事な神事。元村地区では、30年続いているそうです。地域のオジさまたちの頑張る姿がかっこよかった。

 

 

 

 

 

 

 

「持っていかんね」と私もまきものをいただきました。お札と、アラフォーな私でも年の数だけ食べられる煎り豆と、5円玉が入ったお守り。ご利益ありそうです。拝観したい方は、祐徳稲荷神社で見るのがベストかも。

 

祐徳稲荷神社節分祭

2016年1月31日(日)18時~

場所 祐徳稲荷神社

※お祓い後は元村地区を巡

病魔退散!あとイノシシも!?

2016年に入り、第1回めのパワースポット巡り。今回は、長崎市琴海エリアにやってきました。知る人ぞ知る薬師如来の登場です!

 

 

 

 

 

 

 

場所は、琴海の長浦町。長浦小学校近くにあります。地元の方から「神上薬師さま」と呼ばれていて、江戸時代の寛永期にはあったといわれる古い神社。長浦に知行地を持つ大村藩家臣・針尾半左衛門の寄進によるものとされています。

 

 

 

 

 

 

 

本堂は比較的新しめ。平屋で日当たり良好。って物件を探しているワケではないですが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

じゃじゃ~ん、金色に輝く薬師如来像。この薬師如来像は、長浦の村人たちの除災安全の祠堂として建立されたそう。薬師如来は、病から人々を救ってくれる神さま。右手には、薬が入った薬壺を持っています。今年も病気をせず、元気で暮らせますように!

 

 

 

 

 

 

 

それにしても日が入って気持ちいい本堂。イスもあり、日なたぼっこできそう!? ま、あまり長居してはいけないでしょうが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影に来たのは、昨年12月中旬でした。しかし、こんなに遅くまで、イチョウって紅葉してましたっけ?? 異常気象のせいかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ん? 境内には、もうひとつの小さな祠がありました。お地蔵さまですよね。一瞬、耳たぶが、おかっぱ頭に見えて、日本画の麗子像を思い出しました。

 

 

 

 

 

 

 

正直、境内はあまり広くないですが、ドライブがてらに、ひと休みするのにちょうどいい広さかも。あ、これは猪垣では。さきほどの異常気象とつながりそうですが、最近、イノシシ被害が多くなったって聞くなぁ。これも、ある意味、除災? 思わず、再度、本堂に向かってお祈りしたのでした。

 

神上薬師さま(瑠璃光殿)

ご利益 除災安全、病気平癒など

長崎市街地より国道206号線を

佐世保方向に車で約50分

具雑煮食べて歴史もお勉強

ハッピーニューイヤー! 明けましておめでとうございます。みなさま、今年もどうぞよろしくお願いしま~す。今回のグルメは、新春らしくお雑煮をご紹介。

 

 

 

 

 

 

 

突然ですが、ココは南島原市南有馬町にある原城跡。グルメ紹介なのに、なぜ史跡の紹介から入ったかというと――紹介するお雑煮は、この地が関係しているからなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1637(寛永14)年に起こった島原の乱。キリシタン大名・有馬晴信が処刑された後、島原藩主となった松倉重政とその子・勝家の圧政への不満から、キリシタン農民が起こした一揆です。一揆軍が原城に籠城したときに、農民らに餅を兵糧として蓄えさせ、山や海から様々な材料を集めて雑煮を炊いたといわれており、今では具雑煮と呼ばれる郷土料理として有名です。作ってみる前に、まずは一揆軍の総大将であった天草四郎像にお祈りしました。

 

 

 

 

 

 

 

各家庭で入れる具材もダシもいろいろ。島原の郷土料理のイメージが強いですが、長崎市街地の飲食店でも、味わえるところがあります。具材は餅、鶏肉、しいたけ、ごぼう、レンコン、山芋、春菊、かまぼこ、あなご、卵焼きなど。ダシは、かつおだしベースのところが多いかも。私も、さっそく作ってみることにしました。私の中でのマストアイテムは3つ。まず、ごぼうです。具雑煮のごぼうは、細いせん切りのイメージだったので、やってみました。

 

 

 

 

 

 

 

マストアイテムその②は鶏肉。お、ラベルに「しまばら」の文字が。勝手に運命を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

彩り良く、にんじんを入れてみることに。具雑煮というだけあって、10数種類の具材がたっぷり入るのが特徴かも。各家庭によって味も具材も異なります。

 

 

 

 

 

 

 

春菊も好きですが、みつばをぱらりと入れてみました。

 

 

 

 

 

 

 

完成~。鶏肉や卵焼きのたんぱく質と、餅の炭水化物、野菜のビタミンと栄養満点。島原の乱が起こったのは、冬の時期。寒い中で食べる具雑煮の味は格別なものだったろうな……。今年、長崎は「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として、2つめの世界遺産を目指しています。その構成資産のひとつに、原城跡もあります。平和で、自由な日本。現代の平和、豊かさに感謝しながら、いただきました。

50cm、2.1kgの口太グレ!

 寒波が入った翌週の12月6日に長崎市野母崎沖の三ツ瀬に釣行することにした。

 当日、フィッシングショップオガワでボイル3角とパン粉3kgを購入し、港へと向かった。光隆丸は、6時60分に野母港を出航した。5分ほどで三ツ瀬へと到着し、高三ツ瀬から瀬付けが始まり、私は、6名でコブ瀬へと上礁した。

お世話になった光隆丸

 
上礁したコブ瀬

 おのおのが釣り座に入ったところで、私は空いていた「水道」というポイントに入った。

 用意したボイルを海水に浸してから仕掛け(ウキ:ガルツのグレスト(テトラポッツバージョン)のSサイズのB、道糸:サンラインのGOLDISHの1.75号、ハリス:Vハードの2号を2ヒロ、道糸とハリスはガルツのライトスイベル14号で結束)を用意した。

 潮は、高三ツ瀬との水道を左から右に下げ潮が流れている。足元と沈み瀬付近にマキエを撒いてから、2ヒロの半誘導仕掛けを竿1本先に投入する。しばらく繰り返していると、グレが視認できるようになったので、ハリ上50cmのところにガン玉のG8を取り付けた。

 これが正解で、沈み瀬の手前のところでウキが海中へと消え去ったのでアワセをいれ、上がってきたのは30cmほどの口太グレ。続けて同サイズの口太グレが当たってきたが、その後は、潮の流れが緩んだためかアタリがなくなってしまった。

 タナを少しずつ深くしていくと、3ヒロのタナでウキを少しだけ抑え込むだけのアタリがあったが、ウキがすぐに浮いてくる。ツケエにはグレが咥えたような跡があった。仕掛けを投入すると再び同じようなアタリがあったので仕掛けを変更することにした。

 ハリ上50cmに取り付けていたガン玉を取外し、直結部にG6のガン玉を取り付け、ハリを6号から5号へとサイズダウンした。

 マキエをバラけるように撒いてから仕掛けを投入する。さらにウキの周りにもバラけるように撒いてから流していく。仕掛けが前方の沈み瀬の際をゆっくり流れていき、3mほど流れたところウキを少しだけ抑えこんで一旦停止し、スーっと海中へと消え去っていった。ゆっくりと浮かせると、大型の口太グレが姿を現し、タモ入れした。港での検量の結果、取り込んだのは、50cm、2.1kgの口太グレだった。


筆者が仕留めた50cm、2.1kgの口太グレ

 しばらく休憩してから、釣り座に戻ると、潮が先ほどまでよりさらに緩くなっており、ツケエも盗らない状況が続いた。

 昼食を食べながら潮替わりを待つが正午を過ぎてからも潮は動かず、動いているのは上潮だけで底潮は流れていない。1時間ほどたった2時頃、上げ潮が右から左へと流れだしたところでようやく37cmの口太グレを釣ることができたが、潮が右へ左へとフラフラ安定しなくなったので早めに納竿した。

使用したウキ(グレスト(テトラポッツバージョン)と50cm、2.1kgの口太グレ

<渡船の問い合わせ先>
渡船:光隆丸(浜口船長)
TEL:095-893-0996
料金:4,000円

<エサ&釣況の問い合わせ先>
フィッシングショップ オガワ 
TEL:095-878-1301

変化する楽しさを味わいつつ、出島をぐるり1周

今年もあと少し。みなさまにとって今年はどんな年でした? 今回の細道は、年末特別編。変わりゆく出島周辺を散策しますよ。

 

 

 

 

 

 

 

知っている方も多いと思われますが、出島は只今、工事中なんです。私が歩いたときは、長崎県庁側から出島電停辺りまで、ぐるりと囲いができていました。この囲いには、いろんな情報が書いてあったんです。

 

 

 

 

 

 

 

再び橋が架かり、2017年にリニューアル予定とな。出島と対岸の江戸町に出島表門橋が架かり、昔の出島へ行くルートが甦るらしい。

 

 

 

 

 

 

 

壮大なスケールで工事が進められている横で、このウサギが気になってしょうがなかったので、思わず激写。ズラズラッと並んだ姿が面白い。どうせだったら、長崎らしく尾曲がり猫にしてほしかった!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、田上長崎市長だ。このポーズは、出島の扇形を表しているそうです。来年あたり長崎で流行るかも。

 

 

 

 

 

 

 

西側からはこんな感じです。撮影時は、2015年12月上旬。当然、出島表門橋はできていませんが、想像してみました。橋周辺には、公園も整備されます。

 

 

 

 

 

 

 

当コーナーにふさわしい細道を発見しました。ベンチもあって、国道沿いなのになんだか落ち着く空間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プチ細道の先にあったのは、西側護岸石垣でした。荷揚場の石垣で、オランダ船の積荷を揚げおろししていたそう。

 

 

 

 

 

 

 

現在は、こちらの西側メインゲートと東側ゲートの2カ所から、出島に入られます。

 

 

 

 

 

 

 

西側メインゲートから路面電車が走る南側へ。洋館を見ながら、ロマンチックに歩きたい派はこの細道がオススメ。左手には、明治36(1903)年、長崎に在留する外国人と日本人の親交を深める場として建てられた旧長崎内外クラブが見られます。

 

 

 

 

 

 

 

旧長崎内外クラブを通り過ぎてすぐのところに、また別の洋館が見えてきます。明治11(1878)年に建てられた旧出島神学校です。現存するわが国最古のキリスト教(プロテスタント)の神学校といわれています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神学校からすぐのところには、またまた史跡が。明治32(1899)年に、九州初の電話交換局がここにありました。当初、電話交換する業務にあたったのは女性。明治時代に、職業として女性が働くことは珍しかった。ここで働く女性たちは、当時の憧れの的だったそうです。

 

 

 

 

 

 

 

東側にやってきました。ここには、出島橋があります。明治23(1890)年に、中島川の河口に架けられていた鉄製の橋が、明治43(1910)年に移設され、名称も現在の出島橋へと変更。一般に使用されている道路橋としては、日本で最も古い橋梁です。

 

 

 

 

 

 

 

実は、出島商館員(年間パスポート)があります。大人820円と安かったので、思わず買っちゃいました。

 

 

 

 

 

 

 

来年、出島の中央部分に6棟の復元建造物が完成予定。輸入品を保管していた土蔵や、出島の管理人の詰め所など、当時の出島を忠実に再現するそうです。どんな風に変わっていくのか。特に、来年から2017年まで、目が離せません!

 

長崎市出島周辺・長崎県庁前~西側護岸石垣~

南側護岸石垣~出島橋まで

徒歩約30分※出島観覧時間含まず

クツゾコ狙って釣り糸垂らす

寒くなったり、暖かくなったり。今年の冬は、気温のアップダウンが激しいですな。今回の釣りスポットは、雲仙市国見町の多比良港に行ってみました。ドライブがてらに釣りをするなんていいかも、と思わせてくれる絶景の釣り場です。

 

 

 

 

 

 

 

多比良港といえば、熊本行きのフェリー発着場。片道45分しかかからないので、日帰り旅行に最適です。今日もカラフルなフェリーが停泊していて旅情を誘うわぁ。釣り人に聞いたところ「熊本から来て、多比良港で釣る人もいる」とのこと。

 

 

 

 

 

 

 

この、のんびりとした態勢に惹かれ、思わずあれこれ聞いてみました。オジさんが狙っているのは「底もの」。クツゾコ(舌平目)とかカレイとかです。「あそこが釣れる」「この釣り道具は良い」などの釣り情報は、なんと息子さんと交換しているとか。親子共通の趣味っていいな。会話も弾む、いい家庭なんだろうな~。

 

 

 

 

 

 

 

小型船舶と釣り人と。日曜日の昼前でしたが、船がわりと頻繁に行き交っていました。何を獲っているのかしら??

 

 

 

 

 

 

 

有明海の方に目を向けると、遠くに防波堤があり、そこにも釣り人たちが。港からだと、防波堤が海にぽっかりと浮いたようにしか見えん。見えんので、気になってどうなっているのか近寄ってみることにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前写真の防波堤にたどり着くためには、この砂山のある工事現場を通っていくしかなさそう。工事がお休み中だったので、通り抜けさせてもらうことにしました。それにしても、ココだけ写真で切り取ると、異国に来た感じがしてならない。

 

 

 

 

 

 

 

近づいてわかりましたが、防波堤から防波堤へとつながっていました。そりゃそうだ。独立していたら何かと不便だもんね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここまで歩いたので、港から一番遠い防波堤まで行ってみることに。防波堤に行くには、この鉄製ハシゴのみが頼り。

 

 

 

 

 

 

 

「さっきまでもっと釣り人がいたんだけどね」と手前のオジさんが教えてくれました。この日は、天気は良いけど、風が強い。なかなか釣れないと、みなさん早めに退散したようです。あ、フェリーが熊本から来た。

 

 

 

 

 

 

 

小さいタコが釣れたと聞いたので、撮らさせてもらいました。バケツの中で、墨を吐きまくって威嚇中。有明海のイイダコは、美味しいと評判。今晩のお酒のアテはコレだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤い灯台(かな?)に釣り人。オジさんも底もの狙いだそうで、釣り竿を下にかまえてました。景色は最高ですが、ホント風が強い。冬の釣りは、防寒対策バッチリでないといかん。強風が吹き荒れる中「オジさんたち、がんばって!」と心の中で声援を送り続けたのでした。

 

雲仙市国見町多比良港

長崎駅前から車で約1時間半

 

奥深き人形浄瑠璃の世界!

今年もあと少しで終わり。みなさま、いかがお過ごしですか? 今回のおまつりは、東彼杵郡波佐見町にお邪魔。1954(昭和29)年に県無形民俗文化財に指定された皿山人形浄瑠璃が公演されるとの情報を得たので、さっそく行ってみましたよ~。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波佐見皿山器替えまつりのひとつとして公演されるとのこと。場所は、皿山人形浄瑠璃会館。まつりの青いノボリが目印になりました。

 

 

 

 

 

 

 

館内に入ると、大勢のお客さんがいらっしゃいました。公演前に人形が見られるよう、ステージにディスプレイ。

 

 

 

 

 

 

 

私、この人(いや人形)と仲良くなれそうな気がする。女中のおふく(左)です。しかし、残念ながら、今回の演目ではお菓子を持ってくるぐらいで出番少なし。

 

 

 

 

 

 

 

演目を始める前に、登場人物の紹介がありました。皿山人形浄瑠璃は1732(亨保17)年、亨保の大飢饉がきっかけで、やきものが売れなくなったので、皿山地区の人々が飢えをしのぐため、人形浄瑠璃を始めたといわれています。

 

 

 

 

 

 

 

今回の演目は、伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)。さらに、この演目の中の「政岡忠義(ちゅうぎ)の段」といわれる話です。あの、伊達騒動を題材にしていて、ざっと説明しますと、若君・鶴喜代の命を狙う栄御前が、頼朝公から鶴喜代へ下賜されたと持ってきたのは毒入りのお菓子。これを、同じ悪役の八汐が鶴喜代に食べさせようとする。悪事をわかっていながらも、なかなか止められない乳母の政岡。それを察知した政岡の子・千松が代わりに食べてしまい、毒を盛ったのがバレる!と思った八汐は、千松を手討ちにしてしまうのでした。自分の子どもが手討ちにされたにもかかわらず涙を見せない政岡。栄御前は、きっと子どもを別の子にすりかえたに違いないと思い込み、陰謀を思わず打ち明ける。だが、政岡は若君のため、忠義のためにと思って、我慢していただけ。人目を偲びながら我が子の死を悲しむのでした……。

 

 

 

 

 

 

 

艶やかな着物をまとう悪役の八汐。若君の命を狙っています!

 

 

 

 

 

 

 

人形ですが、所作が優雅。悪役とはいえ、お辞儀する姿も品格があります。

 

 

 

 

 

 

 

さっきまであんなに品が良かったのに。政岡の子どもを手討ちにする八汐。あまりに動きがリアルすぎて、マジでこわかった。

 

 

 

 

 

 

 

舞台近くで、大夫(たいふ)が物語のあらましやセリフを臨場感たっぷりに語ります。途中、人形であることを忘れてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

「実は……」と若君の毒殺を企んでいた栄御前が、政岡に話す場面。漫画で例えると、顔に何本も縦線が入って、「ガガーン」という効果音が書き足されるシーンです。ショックのあまり微動だにしない政岡の姿が胸を打ちました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気がなくなったのを見計らって、政岡は亡くなった我が子を抱き上げ、さめざめと泣きます。忠義のためとはいえ、目の前で殺されるって。つらすぎます。

 

 

 

 

 

 

 

政岡が泣く場面は、私もなんかもらい泣きしちゃったなぁ。目の部分は、ちゃんとまばたきもできるんです。

 

 

 

 

 

 

 

「な~んだ、やっぱりアンタの子どもだったじゃん!!」といわんばかりに、政岡が泣いたことを知った八汐が、今度は政岡を切りつけようとします。もう、政岡も黙ってない。2人とも表情がコワい。ザ・女同士の戦い。

 

 

 

 

 

 

 

政岡と八汐一味の女中らしき方(もしかして味方??)が、なぎなたをもったところで演目終了。どうやら、八汐は成敗された模様。悪役は討ち取られても、なんだか気持ちは晴れず。討ち取っても愛する子どもは帰ってこない……。もやもやっとして、いろんなこと、考えさせられた約30分の公演でした。

 

 

 

 

 

 

 

失礼ながら、こんな立派な皿山人形浄瑠璃会館があるとは知らなんだ。また別の演目も見てみたいと思いました。

 

平成27年12月6日

波佐見皿山器替えまつり・皿山人形浄瑠璃公演

皿山人形浄瑠璃会館(東彼杵郡波佐見町折敷瀬郷)

赤鳥居をくぐっていろんな願掛けを

今回のパワースポットは、蛍茶屋エリアへ足を運んでみました。今年もあと少し。なんだか気ぜわしいけど、あれこれお願いしたい! そんな方にピッタリの松嶋稲荷神社をご紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蛍茶屋跡近くにある一の瀬橋をさらに東へ行くと、句碑がありました。達筆すぎて読めん。説明看板を探してみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ありました、虎の巻。「松風のさとに琴柱の赤鳥居」と書いてあります。この句は、長崎生まれの国文学者・足立半顔(1859~1921年)が詠んだそう。句碑が建てられたのは、明治25(1892)年だから、半顔がご存命のときに出来たのかぁ。半顔もたびたびこの界隈を訪れたらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

句碑を通り過ぎ、ものの1分もたたないうちに鳥居が現れました。冬の曇天に灰色の鳥居が同化。アースカラーすぎてかなり地味ですが、個人的にこの色合い、なんだか落ち着くので好きです。しかし、さっきの句では「赤鳥居」と詠まれていたな……。

 

 

 

 

 

 

 

あ、お狐さまの先に赤鳥居が見えました。なるほど~。神さまの遣いであるお狐さまは、シュッとしたお顔で、気合いが入っています。

 

 

 

 

 

 

 

赤というか朱色ですな。鳥居をくぐるだけでパワーアップしちゃいそうです。

 

 

 

 

 

 

 

拝殿に到着しました。どっしりとした雰囲気です。松嶋稲荷神社の祭神は、豊受比賣命(とようけひめのみこと)。千余年の昔からあったそうで、老樹の下に稲荷の小さな祠があり、霊験あらたかなお山として、多くの浄財や寄進があり、神殿ができたらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お次は、拝殿から向かって左側にご注目を。松嶋稲荷神社於百大明神があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

松嶋稲荷神社於百大明神の右手には、松嶋稲荷神社=学問の神と書かれていて……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

左手には於百大明神=子授の神・安産の神・子育の神と書かれてました。おもにヤングピープル向けとみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合格祈願OK、子宝祈願OK。残るは、人生の晩年期に深く関わるこちら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不呆尊神(ふほうそんじん)です。長寿を授け、呆けを封じてくれるそう。学問や子宝は関係ナシと思っていたアラフォーな私も、こればっかりは素通りできず。思わず、お賽銭を多めに入れてお参りしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの場所が、蛍茶屋ということでピンときた方は恐らく歴史好き? 松嶋稲荷神社は旧長崎街道にあるんです。ここをずっ~と歩けば、花のお江戸かぁ。足立半顔の句でも口ずさむか。

 

 

 

 

 

 

 

実は、国道34号線沿いに神社はあります。普段、車で通る方も多いのでは。人生の節目節目でお世話になりたいと思わせる、そんなご利益いっぱいの神社です。

 

松嶋稲荷神社

ご利益 商売繁盛、学問成就、子宝祈願など

蛍茶屋電停より徒歩約3分