今回の島の細道は、道路事情が悪かった時代に海岸線伝いに隣の集落まで行っていたなごりを紹介します。そこには地元の方が掘ったトンネル(洞門)があり先人の苦労が偲ばれます。
こちらの阿連(あれ)は厳原の西北にあり西海岸に面しています。直線で4kmほど南下したところに小茂田(こもだ)という集落があり、阿連の人々は用事やお祭りの際に険しい山道より海岸線を伝って小茂田に行っていたそうです。しかし、一箇所切り立った崖の場所があり子供や老人は通ることが難しかったらしく困っていました。
そこで阿連の石工、田代さんという方が崖にトンネルを掘りはじめました。田代さんが亡くなった後は弟子の山崎さんが掘り続け、それを見て阿連の人々も手伝うようになり昭和7~8年に洞門が完成。安全に隣の小茂田まで行けるようになりました。
その後、昭和20年代の終わりから30年代には道路の整備が進み、この海岸線の道は使われなくなったそうです。トンネルが2つあるように見えますが、実際はひとつのトンネルだったものが途中で崩れたそうです。写真を撮っていても崖から細かな小石がパラパラと降ってきて、崩れやすい石質みたいでした。
洞門というと旅の僧が村人のために30年かけて掘った青の洞門(大分県中津市本耶馬溪)が有名ですが、対馬にも同じような人がいたんですね。観光名所でもなく人々からは忘れ去られようとしている阿連の洞門。先人の苦労を偲ぶためにも後世に残したいものです。
名称:阿連(あれ)の洞門
場所:長崎県対馬市厳原町阿連
アクセス:厳原から車で30分、阿連漁港より徒歩で海岸線を南下20分
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